2022年1月14日金曜日
「銀の匙」の授業
2022年1月13日木曜日
雪に埋まる
今週は降雪続きで、家も雪にすっぽり埋まりそうです。
昨日の会議でも集まるなりみんなで「出て来るだけでも大変!」とぼやきあうことしきりでした。
昨年の夏は雨が少なく乾燥続きでしたが、その反動なのでしょうか?
朝刊の「うた暦」にもこんな歌が載っていました。
降る雪のだんだん武器に見ゆる老い 北野静香
積む雪も次第に高くなって投げ上げるのも大変です。
2022年1月12日水曜日
ミステリと言う勿れ
新春ドラマはまだいくつが始まったばかりですが、菅田将暉さん主演の「ミステリと言う勿れ」はなかなか面白そうです。主人公は、犯人と疑われて任意同行を求められるが、取り調べに淡々と受け答えをしながらも次第に理路整然と反駁して主導権を握り逆に捜査員を動かして真犯人を暴くと云う筋書きでした。
2話は、バスジャックに巻き込まれると云う設定ですが、どんな展開になるか?
また、日曜日の「鎌倉殿の13人」も三谷幸喜さん作らしくよどみなく進んで楽しめそうです。
2022年1月11日火曜日
賢いホッケ
ホッケ柱と云う現象がテレビで放映されていましたが、なかなかダイナミックなものでした。
私達にお馴染みのホッケは浮袋を持っていない魚なのだそうです。浮袋を持たない為比重が海水より大きく、同じ位置にとどまるためには絶えず上に向かって泳ぐ必要がある。
ですからふだんは海底にいて海面から降って来るプランクトンの死骸を食べているそうです。
ところが、5月の中旬、奥尻島などでは植物プランクトンが大繁殖しそれを食料とする動物プランクトンもまた大繁殖する。ホッケはこれを食べるために海面まで上昇したいのですが、どっこい海面上ではカモメが上がって来るホッケを待ち構えている。
そこで、どうするかと云うと、ホッケは頭を上に向けヒレを掻いて下に流れる水流を生む。1匹程度ではわずかな水流も何万匹となると下に向かう大きな流れが生まれる。プランクトンはその水流に引きずられて落ちてくるので、ホッケはカモメに食べられる危険を冒さずにプランクトンが食べられると云うわけです。この時、海上では大きな渦が出来る。
なるほどなるほどです。
しかし、本能的な行動とはいえ、まったく合理的なもので、感心してしまいます。
2022年1月10日月曜日
餅ばあちゃんの話
テレビのドキュメンタリー番組。
五所川原の餅ばあちゃんは、94歳。誰かに喜んでもらうのを励みに笹餅を作っている。
餅作りを始めたのは60歳の時。ある時人を励まそうと餅を作って持って行ったら涙を流して喜んでくれた。それで、私でも人を喜ばせる事が出来るんだと思ったのがきっかけ。
今では年に5万個を作りスーパーに置いてもすぐになくなってしまうほどの人気商品。ずいぶん遠くからも買いに来る。
餅作りはすべて自前。小豆を栽培し、あんこを作り、餅を包む笹の葉も自分で山から採ってくる。
人からは、手間のかけすぎと言われるが、そうしないと自分で納得できない。だからそう儲かりもしないが、食べていければ良い。
一生懸命やれば、仕事が仕事を教えてくれる。
餅を作る時手袋ははかず、手の感触で出来を確かめる。それは、10本の指は黄金の山だ、と云う母の教えから。
貧しくて学校にも行けなかったが母が色んな事を教えてくれた。母と一緒にいればとても楽しかった。
ある時二人の子どもを育てるのが大変だと訴えると、お前はなんぼ偉いんだ、私は4人の子供たちを育てたと思ったことは一度もないよ、と言われそれ以来グチを言うのは止めた。
また、母と二人で草取りをしていた時のこと、お昼休みに昼寝をして目が覚めたら母はもう草を取っていた。起こしてくれればよかったのにと言ったら、お前の寝顔がとても可愛かったから起こすのは惜しいと思った、と言われた。
ばあちゃんの中では、お母さんは今も生き続けているようです。
餅作りもそろそろ止めようかとも思ったが、考え直してもう1年95歳までやることにしたそうです。
笑顔の好いおばあちゃんでした。
2022年1月9日日曜日
大相撲と大河ドラマ
今日は、大相撲の初場所初日で、NHKの大河ドラマの初回です。
大相撲は昨年は白鵬が引退、照ノ富士一人が目立つ状況でしたが、今年は大関候補と呼ばれるくらい活躍できる若手があらわれるかどうか。再入幕の道産子力士一山本がどんな相撲をとるのか。前回の幕内の時はどうみても力不足でしたが、今回は幕内に定着できるような相撲がとれるか?
一方、大河ドラマは三谷幸喜さんの作なのでどんな話が展開するのか楽しみにしています。
2022年1月8日土曜日
「銀の匙」
たまたま図書館で借りてきた中勘助「銀の匙」は、なかなか面白い読み物でした。
お人好しのせいで落ちぶれてしまい私の家に厄介になっている伯母さんに育てられた弱虫の私の思い出話です。
銀の匙は、小さな子に薬を飲ますために伯母さんがどこからか見つけてきた、さしわたし五分(1.5㎝)ぐらいの皿型の頭にわずかにそりをうった短い柄がついているので、分あつにできているために、柄の端を指でもってみるとちょいと重いという感じがする匙。大きくなってから古い抽匣(引き出し)に入っているのを見つけ母からもらい受けるのですが「私はおりおり小箱のなかからそれをとりだして、丁寧に曇りを拭ってあかず眺めていることがある」と云う品です。
話は、まるで幻燈(小学校の頃はよく学校で見せられたものです)のように色々な場面が次から次へと現れるので読んでいて少しも飽きません。
中勘助は明治18年の生まれですから、話は明治20年代頃の事でしょうが、その頃の風俗が生き生きと語られています。
灘高の先生が「銀の匙」を教科書として中学3年間を通した一貫授業を行ったと云うのも頷けます。
「銀の匙」は中が在籍した東大英文科の先生だった夏目漱石の推挙で東京朝日新聞に連載されたようです。
非常に滑らかに読めたので、しばらく経ってからもう一度読んでみたい気がします。灘高の先生の授業の様に、各章にタイトルを付けながら・・