2020年12月12日土曜日

ベートーヴェン生誕250年

  今年はベートーヴェンの生誕250年と云うことでテレビでもよく曲が紹介されます。

 昨日のらららクラシックでもいつもは30分の番組を1時間に延長して、特集をやっていました。

 私は、元々ベートーヴェンの力強さには肌が合わない感じがないでもなかったのですが、1時間の番組を見ていてつくづく彼の音楽の広がりの豊かさを感じました。

 ピアノ曲を比べても、交響曲の1番から9番までも、それぞれがまったく傾向の違う違う楽曲になっています。

 さすがに楽聖と呼ばれるだけのことはあるなんていまさらながらですが、感心したことでした。


2020年12月11日金曜日

11 歳のトランペッター

  日本クラシック音楽コンクール全国大会のトランペット部門で釧路の小学5年生・児玉隼人君(11歳)が成人を含む出場者の中で最高賞のグランプリを獲得したそうです。

 隼人君は、将来プロとして活躍したいと、張り切っているとか。

 トランペット部門は、地区大会を突破した32人が年代別の7つの部に分かれて腕を競った。隼人君は、小学高学年の部に出場してヘーネの「スラブ幻想曲」を演奏。祭典では、審査員5人全員から満点の90点を獲得して、高学年の部で優勝。

 さらに、他の年代ではそのような満点得点者がなかったことからグランプリも併せて獲得したのだそうです。

 お父さんは、プロのチューバ奏者、お母さんもトロンボーン奏者と云う音楽一家。

 どんな音色なのか、聴いてみたいですね。

2020年12月10日木曜日

正月飾り

  今日は大安と云うことで、パート休みの家人が張り切って正月飾りを買いに行きました。

 もう正月の準備をする時期になりました。

 ところで初詣はどこの神社に行くか、悩ましいところです。

 例年は近隣で一番大きな神社へ行くのですが、けっこう混みって、コロナ禍では心配もあります。

 それ以外に近間にふたつほどこじんまりとした神社があるのですが、前に一度そちらに詣でたところ、どうもあまり良いことがなかったので、また旧来の神社に戻したことがありました。

 さて、今度の正月は?


2020年12月9日水曜日

貧乏性物語

  朝食は食パン1枚。

 ハムがある時は、マーガリンを塗った後、1枚載せるのですが・・

 ハムが小さいので1枚では食パンの全体にはゆきわたりません。

 2枚載せれば全面をカバーしてはみ出すくらいなのですが、

どうも、2枚載せるのはもったいないような気がします。

 こんなところについ貧乏性が現れてしまいますが、ひょっとしたら長年の家人の躾がしっかり身に付いてしまったのかもしれません。

 そこで、食べ方ですが・・

 まずハムが被さってないところを先に食べると、後はハムがしっかり乗っているパンを味わって食べる事が出来ます。

 一番美味しい物を、先に食べる人と最後に食べる人がいますが、私は取っておいて最後にゆっくり食べる派です。

 

2020年12月8日火曜日

新庄さんのトライアウト

  7日に神宮球場で行われたプロ野球トライアウトに参加した新庄剛志さん。

 安打も1本放って相変わらずの輝きを見せてくれたようです。

 根っからのエンターテイナーなのでしょう。48歳で安打を打つなんてすごいものです。

 1年くらい入団させたら存分に話題性を発揮してくれるのでは、と思ってしまいます。

 白熱した日本シリーズが見られず、いまひとつ盛り上がらないプロ野球のカンフル剤にならないとも限りません。

 どこかの球団が手を挙げないものか?



 

2020年12月7日月曜日

はやぶさ2の成果

 はやぶさ2が小惑星りゅうぐうから収集した石が入っていると思われるカプセル が無事オーストラリアに着地、回収されました。

 すごいですね。日本人のノーベル賞受賞と変わらぬ、あるいはそれ以上の出来事かもしれません。

 打ち上げから6年が経っているそうです。

 前のはやぶさは様々なトラブルがあってやきもきさせられましたが、それを受けて厳しいトラブル対応訓練が行われたのだそうです。

 しかもはやぶさ2の本体は、カプセルを切り離した後は、次の使命をはたすために飛び続けているとのこと。

 回収された石を調べることにより太陽系の成り立ちや生命の起源が解明されることが期待されているそうですが、何かわくわくしますね。

 

2020年12月6日日曜日

喪中はがき

  喪中はがきが舞い込む時節です。

 大抵は係累が亡くなった喪中のお知らせですが、一昨年に始めて同期生が亡くなった知らせがありました。

 そして今年また、同期生が・・

 中学、高校の同期生で、大学受験で一緒に上京した間柄でした。特に親しかったわけでもなかったので、どういう訳で二人で上京したのかそのいきさつは忘れてしまいましたが、多分、予備校に通っている時に親しくなったのかもしれません。

 その後は帰省時に彼がいた東京の寮に立ち寄ったことが何度かありました。

 話をするだけで遊びまわったこともあまりありませんでしたが、一度だけ二人でローラースケート場に行ったことを覚えています。

 卒業してからは、まったく音信も途絶えていたのですが、40数年後振りに故郷での同期生会で再会しました。

 すると、どちらかと云うと左翼系のバンカラ風だった彼が、すっかりお役人風になってしまって、びっくりしました。変われば変わるものだと驚いたものです。

 そう云えば、専攻が特殊教育だったので、お役所勤めになったのでしょう。

 その後は、年賀状の交換をしていましたが、同期会で久し振りで会った時の彼の変貌ぶりがいまだに強く印象に残っています。ちょっとおおげさですが、人の一生と云うことをつくづく考えさせられたことでした。

 ともあれ、合掌!