テレビで麻生の話をしていました。
麻生は、東京の麻布と違ってあさぶと濁らずに読みます。
麻生と云う町名になったのは昭和34年、それまでは、新琴似番外地と呼ばれていたようです。
どうして麻生なのかと云うと、昔北海道製麻琴似製線所があったからです。栽培亜麻から繊維を抽出する工場です。
製線工場は、化学繊維の発達で昭和32年に閉鎖となりましたが、最後の工場長が麻生と云う町名を提案したそうです。
麻生と云えば、昭和53年に地下鉄の駅が出来て、石狩に住むものには大変便利になりました。ですから、麻生は石狩市民にはありがたい町です。
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