2024年10月7日月曜日

秋日和

  昨日は暖かな秋日和。

 空には、こんな雲や

 こんな雲が

 防風林はまだ青々としています

 その中で目立つのは、赤いナナカマドの実

 ナナカマドより存在感は劣りますが、マユミの実も赤いのです

 地面には、落ちたミズナラのどんぐりが・・

 こんな風に色々眺めながらひと巡りすると、汗ばむほどの暖かさでした。

2024年10月6日日曜日

準備と用意、どう違う?

  準備と用意、どう違う?と言われても、難しい。

 試しに我が家の古い広辞苑を引いてみると、準備の項に同義語として用意が、用意の項に準備があげてあって、この辞書では区別をつけていないようです。

 ところが、片方しか使えない用例もあるので、まったく同じでもないのです。

 「準備」の用例

 準備体操。来年の受験の準備。入試発表を見に行く前に、心の準備をする。準備不足。準備する時間はありましたか?準備の良し悪しが成果を決める。プレゼンには1週間の準備が必要です。

「用意」の用例(準備に置き換えても使える例も多い)

 (お客さんに)夕食を用意していますので、食べて帰って下さい。チケットは私が用意します。彼女のためにちょっと張り込んだ食事を用意したい。テントはこちらで用意します。履歴書を用意してください。資料を事前に用意する。車は誰が用意しますか。

 などが思いつきますが、食事を3人前用意(準備)するのように、どちらも使える例も多くあります。

 益々わけがわからなくなりますが、「準備」は、ある目的のために事前に手順を踏むこと、物品だけでなく行動や心構えも含む。「用意」は、必要なものを手元に置いておくこと。という定義もあるようです。


2024年10月5日土曜日

ヘンリーマンシーニ

  クラシックTVでヘンリーマンシーニ特集をやっていました。

 番組が終わってから、改めてUtubeでマンシーニ作品を聴いてみましたが、なかなかきれいな曲が多い。

 かと思えば、ピンクパンサーのようなとぼけた味わいの曲もあって多様です。

 しかし、ムーンリバ―やヒマワリなどを聴いていると、昔の映画が無性に見たくなりますね。

2024年10月4日金曜日

北大植物園シカ侵入で休園

  シカが侵入したとして3日に北大植物園が休園になったそうです。前日も複数のシカが目撃されて休園となっていた。

 北大植物園は、札幌駅近くでは大きな緑地ですが、シカはどこからやってくるのでしょうね。

 考えられるのは、円山あたりですが、緑地伝いに移動することは出来ないので、深夜にでも道路を走っているのでしょうかね。

2024年10月3日木曜日

お茶を飲む

  たまたま送られてきたお茶がなかなかおいしいものでした。

 このところおいしいお茶を探しても手に入らず、デパートでさえ気に入るような物はありませんでした。

 仕方がないので、ずっとお茶は飲んでいませんでした。いただいて置きっぱなしになっているお茶がけっこう家にあります。

 それが、こんなことで飲めるようになって、嬉しい。

 といっても量はごく僅かなのでつかの間の喜びです。

2024年10月2日水曜日

石狩三大秋まつり盛況

  例年9月に石狩市の弁天町、厚田、浜益で行われる三大秋まつりに昨年より9000人も多い10万人が来場したそうです。

 特に弁天町の石狩さけまつりは、鮭の漁獲が少なく名物のサケのつかみどりができないのではと心配されていましたが、3,000枚の抽選券が売り切れる盛況だった。

 さけまつりはサケのつかみ取りの他に直径1.6mの鍋で作る1杯100円の千人鍋も目玉ですが販売から1時間で完売したそうです。

 といっても私は一度も参加したことがありません。来年は、行ってみるかな。

2024年10月1日火曜日

山紫水明の誤用

 山紫水明という言葉を辞書で引くと「目に映じて山は紫に、澄んだ水ははっきり見えること。山水の美しい景色の形容」(広辞苑)とあります。

 しかし「山紫水明」という言葉は元々は限定した時間の景色を言ったのだそうです。

 実は「山紫水明」という言葉は中国の言葉ではなく江戸時代に頼山陽が京都東山の紫色と鴨川の清らかなことをほめて言ったもの。山陽は友人達に宛てた手紙で「山紫水明」という言葉を使っているが、いずれも夕刻時の景色を指している。

 ですから、「山紫水明」という言葉は一般的な景色の形容ではなく夕刻時の景色を言い表したもの。

 日は傾いて東山の山肌はすでに紫色に翳っているが、鴨川の川面は夕陽の照り返しでまだ明るい、頃の景色を言っている。

 では、それが何時頃から今のような一般的な風光明媚な意味に使われるようになったのか?

 大正4~8年刊行の「大日本国語辞典」ではすでに一般的な意味として説明されているそうです。

 結論はこんなことのようです。

【山紫水明】

①日が傾いて山肌が紫色に見え、水面が夕陽の照り返しで明るい夕暮れ時の美しい景色。頼山陽の造語。山陽は東山と鴨川を望む書斎を「山紫水明処」と名付けた。②①の原義から転じて、時間帯を限定しない山水の風光明媚なことの形容。

※岩波新書 揖斐 高著「江戸漢詩の情景」より。