2025年もいよいよ今日で終わり。
きれいな朝焼けが見られるので、締めくくりの日は穏やかに過ぎそうです。雪もうっすら積もるだけ。
1年を振り返ると、思わず飛び上がって喜ぶような嬉しいことも涙を流すほど悲しいことも起こらず。どちらかというと、平凡な1年でしたが、まあこれが一番でしょうね。
来年もこうありたいと思いますが、さて?
ところで、年末のこの2~3日、図書館で借りてきた「赤と黒」をご機嫌で読んでいます。
27日、28日は日曜日が有馬記念、土曜日がホープフルステークスのG1・2レースと重賞レースもあって、この3レースで不振だった今年の競馬の成績を一挙に挽回することを夢想したのです。
ところが、あにはからんや、1レースも当たらず。今年の不振をそのまま引きずる形になってしまいました。
私が競馬の対象とするのは、夏競馬以外の重賞・G1レース。大体年間80数レースあります。今年は、そのうち当たったのがたった17回。最悪の成績でした。
平均すると毎年30回くらいの当たり、率にすると3割7分でプロ野球なら首位打者級ですから自慢できる数字です(?)。ただ、1度だけ(1999年)16回というとしがありました。
まあ終わったことは忘れて、来年、来年!
今週末は競馬の最大の祭典第70回有馬記念です。
ところで、私はいつから有馬記念を見てきたのでしょうか?調べてみたら、なんと牝馬のトウメイが勝った第16回(1971年)からでした。随分長い間見てきたものです。
この年の夏に北海道に遊びに来た弟に教えられて始めた競馬ですが、当時は馬連というものはなく枠連だけ。その年の有馬は、忘れもしない名手野平祐二騎手騎乗のコンチネンタルとトウメイとの枠連が当たってビギナーズラックを享受したのでした。しかし、年明けに馬インフルエンザが大発生して関東競馬は全面休止に。ようやくさつき賞が行われたのが5月28日(今年は4月20日)という大混乱でした。
投票の仕方も変わりました。当時は、場外馬券売り場などもなく競馬場に買いに行くしかありませんでした。居ながらにして馬券を電話注文できる便利な電話投票が始まったのは、タニノチカラが勝ってハイセイコーが2着となり、私が好きだったタケホープが3着に敗れてしまった第19回の1974年です。馬連が設定されたのが1991年、ダイユウサクという人気薄の馬が勝って単勝が万馬券となった第36回です。
ネット投票が始まったのはずっと後の2005年、ディープインパクトがハーツクライに敗れる波乱が起きた第50回です。結局ディープインパクトが国内で負けたのはこの1回だけ(凱旋門賞は失格)。3冠馬達成の年の有馬挑戦ははちょっと無謀だったのでしょうね。
私が見た一番劇的だった有馬は、前年11着と惨敗したトウカイテイオーが1年ぶりに出走してきて見事に勝った第38回です。競馬にもしは禁物ですが、それでももしトウカイテイオーの足がもう少し強かったら、無敵だったでしょうね。4度も骨折しながら、さつき賞、ダービー、ジャパンカップ、有馬記念を勝っているのですから。
復活劇は、秋期6着、10着と不振だったオグリキャップにも起きましたが、トウカイテイオーと違って春にG1を勝っているのですから、走り頃ではあったのでしょうね。
しかし、こんな風に呑気に思い出を語るより、今年の有馬の予想に集中した方が良いのでは?
英国で、人類が40万年前に火を起こしていたことを示す証拠が見つかったそうです。
火花を出すための黄鉄鉱の破片や700℃以上の温度で繰り返し熱せられた粘土の塊が見つかった。
ネアンデルタール人の遺跡だそうです。
これまで見つかった最古の火起こしの証拠は5万年前で、今回はそれを大幅に遡った。
「大掃除は法律で定められている。と言っても罰則はなし」新聞記事にそう書いてあったので、調べてみたのですが、廃棄物処理法(1971・昭和46年施行)には大掃除についての条文はないようです。
但し、旧清掃法時代(1954年~1971年)には、市町村で、条例・施行規則・実施要綱などでそれらしい対応がされていたようです。
「大掃除」という言葉は使わず「一斉清掃」「環境美化運動」「清潔週間」などという言葉が使われています。
中には、毎年12月に一斉清掃を行う、と時期まで指定した市町村もあったようで、これこそ年末大掃除の定めですね。
新聞記事によると、市町村の中には今も大掃除の規定が残っている所があるようです。
だから結論は、大掃除について、かっては市町村の条例などで定められていた (一部今も残る)、というのが正しいようです。
備忘録に記載する気温は新聞に掲載される札幌の数字を使っていました。
いちいち石狩の気温を調べるのが面倒だったからです。
しかし、多少手間はかかっても石狩の気温を書いた方が良いと思いはじめました。
そこで先週の木曜日から石狩の気温を併記し始めて1週間。
ほとんど同じ時もありますが、当たり前ですがやはり多少は違います。特に最低気温に違いがでるようです。
最高、最低気温の差は、こんな感じ( カッコは札幌)です。
11日:-0.1/-5.8(2.5/-2.3) 12日:-4.4/-6.9(-4.4/-6.5)
13日:-1.1/-5.5(-0.1/-5.2) 14日:0.0/-5.9(1.2/-1.9)
15日:3.7/-0.5(3.6/0.5) 16日:1.6/-4.8(1.5/-0.9)
17日:-0.8/-6.2(-4.7/-5.3)
札幌の気温が高い時もありますが、概して石狩の方が冷え込みはきついようです。
地方自治体では、職員の数は減り気味なのに仕事量は増える一方。それを埋めてくれるのがAIだそうです。
但し、AIは万能ではなく、うっかりミスもあるので、人の確認が必要。
今一番AIが活用されている分野は、議会での答弁書作りと議事録、オンデマンド交通。
特に、答弁書は、同じような質問に過去どのように答弁したのか、整合性が求められるので、これまではそれを調べるのが大変だったそうです。
また、議事録もこれまでは録音テープを何度も聞き直し一言一句手作業でタイピングして、1時間の会議の議事録作成に5時間もかかったりしていたが、AIだと長時間の録音を瞬時に文字化してくれる。
オンデマンド交通も、予約が入るとAIが超高速計算をしてくれて最適ルートを選んでくれる。
但し、AIに住所や電話番号、家族の名前や生年月日、パスワードなどを教えることは厳禁。
昨日は、先月に続いて家人に付き添ってハローワークに行ってきました。
長年パートで働いている家人に一時金が出るというので、申請に行ったのです。
札幌のハローワークに行くのはそれほど複雑なルートではないのですが、バスに乗った後地下鉄にのり、さらにバスに乗らなければならないので、家人も一人で行くのが億劫だったのでしょう。
先月は、付き添い料として帰りに麻生でラーメンを奢ってもらいましたが、これが何とも言えない味。二人ともがっかりして帰ってきました。
それに懲りて、昨日は地下鉄18条駅近くで探したのですが、あいにくラーメン屋は1軒しかなく、仕方なく入った店も、先月に劣らずひどいものでした。
どうやら、ハローワーク帰りは鬼門のようです。
稚内の通称・稚内赤れんが通信所から太平洋戦争開戦の指令「ニイタカヤマノボレ」の電文が発信されたという新聞記事(発信されたと言われると書いてありますが)を見て、不思議に思いました。
子供の頃からその電文は佐世保の針尾送信所から発せられたと聞かされていたからです。
そこで、調べてみると、「ニイタカヤマノボレ」の電文が発信されたと言われる所は他に船橋送信所と刈谷市・依佐美(よさみ)送信所がありました。
困った時のAI頼みで、チャットGPTに聞いてみると、どこが発信したという正確な一次資料は残っていないようです。終戦の時に削除されてしまったのでしょう。ですが状況から見て有力なのが船橋、同時送信したかもしれないのが依佐美で、否定できるのは、針尾送信所と稚内送信所だそうです。しかし、質問を変えて聞くと、違う答えも出てきてAIさんもあまりあてにはできないようです。
ところで、佐世保・針尾送信所は、「ニイタカヤマノボレ」の電文を送信したかどうかは別にして、100年以上経過しているのにまだしっかりと建っていて、当時のコンクリート製法技術力の高さを表す(火山灰が混ぜてあるそうです)建造物として2013(平成25)年に国の重要文化財になっているようです。
昨日のジャパンカップは20年ぶりに外国馬(フランス、カランダガン)が優勝しました。
驚きだったのは、優勝したことではなくレコードタイムで勝ったことです。
従来、日本の競馬場は芝生が短くクッションも堅いのでスピードが出やすく、外国特にヨーロッパは芝生が長いうえにクッションが柔らかくて力の要る馬場と言われてきました。
ジャパンカップも創設当時は日本馬は外国馬にまったく歯が立ちませんでしたが、いつの頃からか日本馬のスピードに外国馬はついてこれないようになって、近年外国馬が勝ったのは20年前でした。
もっともカランダガンが勝っても不思議ではないのです。なにしろ世界レーティング1位の馬なのですから。それでも4番人気だったのは、外国馬はスピードがない、という先入観があったからでしょう。
世界レーティングとは、国際競争統括機関連盟(LFHA)が世界の競走馬の能力を数値化したもので、カランダガンは130で1位です。ちなみに、先日アメリカのブリーダーズカップクラシックを勝った日本のフォーエバーヤングは127で3位です。
今回は、レーティング通りの結果だったわけです。
ところで私の馬券ですが、単勝と複勝を勝った馬が4着でハズレてしまいました。
従来日本人のルーツは、二重構造と言われていましたが、近年は三重構造と言われているそうです。
これは、新しい説に変わったのではなく、ゲノム解析の進歩により、弥生時代以降に大陸から渡ってきた農耕民を北東アジア系と東アジア系に細かく識別できるようになった結果だそうです。
ただ、3千年前に稲作文化を携えて渡来した弥生人の起源が北東アジア系であることは分かっているそうですが、古墳時代の人々が弥生時代の渡来民の子孫か、新たに大陸から来た東アジア人か、あるいは両者が混在したのかについてはまだ詳しく分かっていないそうです。
しかしそれも解析が進んでいて数年後には分かるだろうということです。
大相撲九州場所は、安青錦の優勝という驚きで幕を閉じました。
当初の大の里の勢いからは、千秋楽に休場するなど思いもしませんでした。
その点場所自体が、マイペースで邁進した安青錦の歩調に合ったのかもしれません。
14日が終わった段階でも豊昇龍が安青錦にもう一度負けるとは思いませんでした。豊昇龍にとって安青錦はよほど鬼門なのでしょうか?
しかし、安青錦にとって12勝くらいまでは計算できるでしょうが、それ以上となるともうひとつ力をつけないと難しいように思えます。
昨日は気持ちの良い朝だったので、何か良いことが起きるのを期待したのですが、日中は何も起きませんでした。
ところが、そろそろ寝ようかという頃になって見応えのあるテレビ番組に出会いました。
足寄町で放牧酪農をやっている方の話です。
土と草と牛の循環が大切で、それがうまくいくことで自然が少しずつ豊かになると言う信念の持ち主です。
足寄町は平坦地が少なく、せっかく広まった大規模酪農も挫折が多かったのですが、近年は放牧酪農を始めた方の影響で、放牧が少しずつ広まり始めているそうです。
農業の本質を教えてくれる番組でした。