昨日、シップでハクチョウを見た帰りのこと。
茨戸川の石狩川本流寄り・どんづまりのところに無数の白いものが見えました。
何かと思って車を止めて目を凝らしたら・・
何と、驚くほど多くのカモメでした。そして、その向こうには同じくたくさんのウミウがいました。
こんなたくさんのカモメとウミウはこれまで見たことがありません。
まさに壮観!
しばらく言葉がでませんでした。
生き物の饗宴と云う感じでしょうか。
昨日、シップでハクチョウを見た帰りのこと。
茨戸川の石狩川本流寄り・どんづまりのところに無数の白いものが見えました。
何かと思って車を止めて目を凝らしたら・・
何と、驚くほど多くのカモメでした。そして、その向こうには同じくたくさんのウミウがいました。
こんなたくさんのカモメとウミウはこれまで見たことがありません。
まさに壮観!
しばらく言葉がでませんでした。
生き物の饗宴と云う感じでしょうか。
ひと走りして見に行った生振防風林にはまだ雪がありましたが、それでもあと1週間くらいで融けそうです。
生振は駄目でしたが、シップのハクチョウはどうかと思ってそちらへも廻ってみました。
すると・・
おお、いるいる!
大群と云うほどでもありませんが、雪が融けた田んぼにあちらにひと塊、こちらにひと塊と集まっています。
少ない数ながら、ガッ、ガッと結構響く声で鳴きあって、元気いっぱい。
時々飛んでいるのも見かけます。
ところで、シップに来るハクチョウは、皆オオハクチョウだと思っていたら、嘴の黄色い部分が少ないところをみると、どうもコハクチョウのようです。
冬から春へ変わる時の仕事、車のタイヤ取り換えと冬囲い外しをやりました。
タイヤの取り換えは30分ほどで終了。夏タイヤだと運転してもかなり軽やかな感じで、冬が終わったことを実感します。
冬囲いも最近は、大きくなったドウダンツツジなどは放任していて囲う木も少ないので、すぐに終わりました。
傾いて、倒れてしまわないかと冬中心配したアジサイもなんとか倒れずに済みました。
牡丹も囲いをはずすとスッキリと見えます。
すでに、冬芽が膨らんでいますが、実際に咲くのはまだ2カ月後。
また実用面では、物干し竿を立てました。冬中、室内で干していた洗濯物もこれからは野外に干すことが出来ます。
雪が融けて、ようやく庭の土が現れました。この3か月ほど白い雪ばかり眺めてきたので、久しぶりに見る黒っぽい土は新鮮で、なんとなく嬉しくなってしまいます。これが、春の喜びと云うやつでしょうか。
土が現れると同時に、隠れていた植物の芽も見えてきました。
スイセン、クロッカス、チューリップなど・・
庭はすっかり春模様ですが、防風林はどうでしょうか。
と思って行ってみると・・
樹木の周りこそ融けていますが、全体にはまだまだ雪が残っていました。
しかし、コン、コン、コンと云うキツツキ(多分アカゲラかコゲラ)のドラミングは聞こえてきますし、その外にも鳥が鳴いていて、聴覚面はすでに春。
春の気配がないように見える樹木も、よく見ると冬芽がかなり色づいています。
水たまりには氷が張ったりして、まだ冬の名残りもあるものの、春が来たのは確かなようです。
帯広市内の私設博物館「昭和のナツカシ館」のことが新聞に載っていました。昭和30年代の物を中心に4千点が展示されているとのこと。
その記事に刺激されたのか、子供の頃の事が頭の中に蘇ってきました。
終戦の年、私は3歳。疎開していた山地の家から空襲を受けた眼下の町が赤く燃えている光景を眺めた記憶があるのですが、この記憶は怪しいものです。3歳ではそんな記憶が残るとは思えません。きっと後から聞いた話を刷り込んだものではないでしょうか。
その次のターニングポイントは、テレビの普及。
私の故郷・佐世保では、テレビが入ってきたのは昭和33年頃だったのではないでしょうか。
最初はテレビのある家にみんなで集まってプロレスなどを見たものです。力道山全盛の時。
我が家でテレビを買ったのは、それから2∼3年後だったでしょうか。「番頭はんと丁稚どん」や大村崑ちゃんのミゼットなど。高校生の頃です。
と云うことでなかなか懐かしい光景が頭の中を駆け巡ったことでした。